勉強時間は机の上だけじゃない|知識を定着させる“発酵”という考え方

≪この記事を読むとわかること≫

* なぜ勉強しても「身についていない」と感じるのか
* 一気に詰め込む学習が定着しづらい理由
* 知識を“発酵”させるという考え方
* 毎日10分でも理解が深まる理由
* 時間を味方につける、本当の意味


勉強というと、多くの人は

「何時間机に向かったか」

で考えがちです。

でも、自分は最近それにかなり違和感を持つようになりました。

本当に知識が定着する時間って、
机に向かっている時間だけなんだろうか。


本を閉じたあと。

仕事帰りにふと思い返したり、
ぼんやりしている時に疑問が浮かんだり、
別の場面で急につながったりする。

そういう時間も含めて、学びは進んでいるんじゃないか。
最近はそんなことをよく考えています。

この記事では、

知識を「詰め込むもの」ではなく、
「発酵させるもの」として捉える考え方

について、自分の実体験をもとに書いてみました。

簡単にできると思っていた

小さい頃、自分は努力というものを
かなり単純に見ていた気がします。

テレビだったり、
漫画だったり、
映画だったり、
本だったり。

そこに出てくる主人公たちは努力をする。

敵を倒すためだったり、
試合に勝つためだったり、
夢を叶えるためだったり。

もちろんそこには苦しさも描かれていたはずなんだけど、
自分はそれをかなり単純に受け取っていました。

努力すれば報われる。
好きなら続く。
続ければ結果になる。

そんなふうに、どこかまっすぐに信じていたんです。
でも実際は全然違いました。

中学校に入って野球を始めた時もそうでした。

思ったようにボールは投げられないし、
まともに捕れないし、
バットを振っても当たらない。

それだけじゃなくて、
先輩後輩の上下関係とか、
集団の空気とか、
人の目とか、
自分の中の波みたいなものとか。

とにかく、やってみると全部が想像よりずっと難しかった。

「できないまま留まる時間」に耐えられなかった

苦痛だったんですよね。
ただ痛いとか苦しいとかじゃなくて、なんていうんだろう。

自分が少しずつ圧縮されていくような、
あの窮屈さに近い感覚。

しかも厄介なのは、
その先に答えが見えないことでした。

どこまでやればいいのか。
何を続ければいいのか。
どう進めば前に進めるのか。

そういうものが全然わからない。

だから自分はすぐ、

「ああ、これは向いてないんだ」

って結論づけて、離れてしまっていた。

今思うと、自分はできないことそのものが嫌だったんじゃなくて、

“できないままそこに留まる時間”


に耐えるのがかなり苦手だったんだと思います。

変化が見えない。
成果が見えない。
意味が見えない。

その時間に耐えることができなかった。

人はどうしても即時報酬に引っ張られる

そうなると、
人はどうしてもすぐ結果が返ってくるものに流れやすい。

人間ってかなり即時報酬に弱いと思います。

お酒もそうだし、タバコもそうだし、甘いものもそうだし、SNSもそうだし、ショート動画もそうだし、ゲームもそう。

副業系の情報を見ていてもそれはすごく感じます。

読むだけで、

「これでもう未来が変わるかもしれない」

みたいな錯覚を起こさせる文章って本当に多い。

行動経済学でいう現在バイアスみたいなものですよね。

未来の大きな利益より、
目の前の小さな利益を優先してしまう。


これは善悪の話じゃなくて、
人間の性質なんだと思います。

タイパ社会が見落としていること

今はタイパとかコスパとか、
そういう言葉がものすごく強い。

時間をかけること自体が、
どこか非効率みたいに見えてしまう。

でも自分は最近、
それは少し違うんじゃないかと思っています。

外側の環境はどれだけ変わっても、
人間の内部が変わったわけじゃない。


テクノロジーは進化しても、

自分が
「わからないものとどう付き合うか」
っていう根本は、そんなに変わっていない。

どこまでいっても、やっぱり原始的な部分が残るんだと思います。

勉強時間は「机に向かった時間」だけじゃない

最近、
そのことを強く感じたのが勉強時間について考えた時でした。

資格でも何でも、

「習得には300時間必要です」
「720時間必要です」

みたいな目安ってよくあります。

でもずっと、
自分はこれに違和感がありました。

その時間って、一体何を指しているんだろうって。

机に向かっていた時間。
本を開いていた時間。

もちろんそれもそうなんだろうけど、
自分はそれだけじゃないと思っています。

本を読んだあと。

仕事帰りにふと思い出したり、

「あれってこういうことかな」

って考えたり。

風呂の中でぼんやり関連づけたり。

そういう時間も全部、
学習なんじゃないかと思うんです。


むしろ、
そっちの方が大事なんじゃないかとすら思っています。

知識は“もろみ”であり、発酵していく

最近、自分はこれを

知識の発酵

みたいなものとして捉えています。

本を読んだ瞬間に知識が完成するわけじゃない。

あれはまだ、
もろみなんだと思う。


そこから対話したり、
疑問を持ったり、
調べたり、
他の媒体で同じことに触れたりする。

その関連づけの中で、
少しずつ発酵していく。

そしてその変化ってかなりゆっくりだから見えない。

でもある時、
急に立ち上がる。

昔読んだ本や、
昔観た映画が、
何年後かに急に意味を持ち始めることがあります。

心理学ではインキュベーション効果と呼ばれるらしいけど、
自分はあれも発酵に近いと思っています。

だから最近は、

わからないまま持ち続ける

っていうことがすごく大事なんじゃないかと思っています。

わからないことは悪じゃない。
すぐ答えが出なくてもいい。
頭の中に問いを置いたまま、少し寝かせる。

それだけで内部では何かが進んでいる。

毎日10分の接続が知識を育てる

最近、自分はこれを実験みたいにやっています。

興味のある本を、
毎朝10分だけ読む。

通勤電車の中で、
10分って決めて読む。

どれだけ読めても読めなくても、
10分。


これは昔、
小学校でやっていた10分間読書からヒントを得ました。

10分ってちょうどいいんです。
長すぎないし、短すぎない。

朝のぼんやりした時間を使う

不思議なんだけど、
朝の少しぼんやりした頭って文章が入りやすい。

完全に覚醒している時より、
余計な情報が少ないからなのかもしれません。

AIと壁打ちする

読んだあと、
自分はAIと壁打ちします。

読んだことを話してみる。
疑問をぶつけてみる。
そうすると理解が輪郭を持ち始める。

そしてそのまま一日過ごす。

仕事中や帰り道に、
ふとそれを思い出す。

そういう時間ごと含めて、
発酵が進んでいる感じがします。

少しずつ触れるから、違和感が育つ

この繰り返しをしていると、
知識がかなり残るんです。

動画を見た時に、

「あれ、これ本で言ってたことと違うな」

って違和感として気づけるようになる。

これって、
多分内部に比較基準ができてきたってことなんだと思います。

一気に詰め込むより、

少しずつ接続を切らさないこと

の方がずっと大事なんじゃないかと思っています。

評価を先に置くと、心は痩せていく

即時報酬に流れてしまう理由のひとつに、

人に評価されるかどうか

を考えすぎることもあると思います。

お金になるか。
意味があるか。
成果になるか。
評価されるか。

そればかり考えていると、
心はどんどん痩せていく。


そうじゃなくて、

少しでも自分の中に残るか。
少し心が救われるか。
過去の自分を少しでも救えるか。


そこを大事にした方がいいんじゃないかと思っています。

誰かの役に立つかどうかは、
そのあとでいい。

時間を味方につけるということ

最後に思うのは、

時間を味方につけるって、
効率化することじゃないのかもしれない


ということです。

時間を圧縮することでもない。

昔の自分は、
時間をかけても変化が見えないことに絶望していました。

でも今は、
もう一回だけ信じてみようと思っています。

焦らない。
すぐ結果を求めすぎない。
毎日少しでも接続を切らさない。


その中で、知識や感覚は少しずつ発酵していく。

よくある疑問(Q&A)

Q. 勉強時間は長い方がいいのでは?

長時間やること自体が悪いわけではありません。

ただ、自分の場合は一気に詰め込むと情報量が多すぎて整理しきれなくなることが多かったです。

それよりも、

少し触れる

考える

寝かせる

また触れる

この循環の方が、定着しやすいと感じています。


Q. 10分だけで本当に意味はある?

あります。

重要なのは、その10分を起点にして、その日一日そのテーマとの接続が続くことです。

10分で終わるのではなく、その後に思い返したり疑問を持ったりする時間も含めて学習になる。

自分はそう考えています。


Q. 理解できないまま進めても大丈夫?

むしろ、それでいいと思っています。

わからない状態を抱えたまま少し寝かせることで、後から急に意味が立ち上がることがあります。

すぐ答えを出せないことは、失敗ではありません。



Q. AIを使うと、自分で考えなくならない?

これは使い方次第です。

答えをもらうためではなく、

自分の曖昧な理解を言語化して、疑問を深めるため

に使うならかなり有効だと感じています。

自分にとっては壁打ち相手として機能しています。

おわりに|知識は急がず、発酵させればいい

机に向かっている時間だけじゃない。

考えている時間。
思い返している時間。
ぼんやり問いを抱えている時間。

そういう目に見えない時間も全部含めて、
学びなんだと思います。

時間を味方につけるというのは、
何かを急いで終わらせることじゃなくて、
ゆっくり自分の中に染み込ませていくことなのかもしれません。


もしここまで読んで、

「なんかこの人、変なこと言ってるな」

と思いつつも、
少しでも引っかかるものがあったなら。

たぶん、
僕が書いているnoteの方も、
わりと刺さると思います。

あっちはもっと個人的です。

日常の中でふと立ち上がった違和感とか、
まだうまく言葉になりきっていない気づきとか。

そういう、整理される前の思考をかなりそのまま書いています。

このブログが“方法”を言葉にしている場所だとしたら、
noteはその前段階にある、
問いの発生源みたいな場所です。

こういう少し変わった視点にピンとくるなら、
のぞいてみてください。

副業リスク管理ラボ|借金回避研究員|note
副業リスク管理ラボを運営。eBay無在庫転売で100万円以上の借金を経験。売上ではなく、資金繰りを見る大切さを痛感しました。副業物販で退場しないための判断基準を書いています。

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